力が欲しかった
 
 
復讐を果たすための力
 
 
今の俺は無力で
 
 
なにも為し得ない男だった
 
 
だから
 
 
俺は力が欲しかった
 
 
命を捨てようとも
 
 
最後の復讐(ラスト・リベンジ)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
奇蹟−Kanon−
閑話『カタナ』
 
 
 
 
 
 
 
 
斬。
 
斬られた腕は機能しない。切断面からずり落ち、地面に落下。
 
目視すら不可能の一撃を、男は避けきれずに受けてしまった。
 
歯噛み、利き腕を失った男はそれでも太刀に手を添えて腰を落とす。
 
 
「変異抜刀、風車!」
 
 
左に差してある太刀を左手で抜く。不可能な動きだが、鞘の先端を紐で括り、腰からすり抜けるようにしていたためにできたのだ。
 
加速された太刀が逆手で抜いた手の中で半回転した。抜刀技の迅さと、更に加速した一撃が相対している存在に斬り上げられ……受けられた。
 
 
「飛燕!」
 
 
だが、それを見越していたように反発を使い、逆方向に一回転。斬り下ろしとなった斬撃が脳天へと振り下ろされる。
 
しかし、それすら予想の範疇にあったのか。敵は僅かな隙をつき、男の懐にはいる。
 
一瞬前まで敵の頭があった場所に斬撃が振り下ろされた。必殺の一撃すら躱されてしまう。
 
鈍い銀の筋が奔る。それが敵の放った一撃だったと認識したときには、男の体から急速に力が抜けていくときだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
数えるのもおこがましい、死。
 
黒い空間に溶けて無くなる意識を、繰り返してきた光の精製で耐えきる。
 
−−幾度となく来訪する、虚無感。慣れることなき瞬間。
 
血を通わすことなき心臓が活動し、機能を止めた脳が再動する。
 
地に伏していた男は、頭を押さえながら立ち上がった。頭痛。死んだあとには必ずそれが付きまとう。
 
 
「師に礼は」
 
「……っせぇ」
 
 
先程男を殺した敵が見下す。敵は男の斬り落とされた左腕を放り投げ、男に渡す。
 
紫色に変色した左腕を、男は切断面につける。瞬後、左腕は癒着し、不自然なまでの速度で生気を取り戻していった。
 
 
「隙が多すぎる。変異抜刀は初見のみに通じる技」
 
「……お前から教えてもらった風車の応用だったんだがな」
 
 
左手を開き、閉じる。神経機能も問題ない。
 
男は敵……師を見あげ、そして立ち上がった。
 
この三年、一度として一本をとれなかった師。双つ影双厳。
 
息を吸い−−吐く。
 
 
「少しだけ焦ったが、何のことはない。迅さが足りなかっただけだ」
 
 
双厳は刀を納刀する。男もそれと同様に、落ちた鞘を拾い納刀。
 
 
「しかし、僅か三年で俺の心を乱すとは、な。祐一」
 
「……勝てなきゃ意味がない」
 
 
嘆息。祐一と呼ばれた男は、師を睨む。
 
情け容赦なく自分を殺してくる相手。幾度となく生き返る祐一にとってそれは恐怖ではない、が、気分がいい物でもない。
 
最初は死になれること。そこから始まり、一日に数回は死んでいた。
 
今では死合の時のみ死んでいる。それでも一週間に二度ほど。
 
 
「しかし、死ねない体というものは不便だな」
 
 
皮肉のように師が呟く。しかし、祐一は薄く嗤い目を閉じた。
 
死ねないわけじゃない。奇蹟を使わなければ死ぬ。
 
死に対してのみ働く奇蹟……人は、果たしてそれを奇蹟というのだろうか。
 
 
「無限じゃないさ……時間だって限りがある。真に不死はこの世に存在しない」
 
 
 
自嘲する。残り少なくなった奇蹟。明確に数えられるわけではないが、感覚でそれは判断できた。
 
師は、そうか、とだけ言い、背を向けて歩き出した。
 
隙だらけに見えて、全く隙のない背中。死線を幾度となく通り抜けてきた者のみが持つ完全性に、祐一は目を閉じた。
 
ほんの数秒だけ息を整え、立ち上がり、祐一は双厳の後に付いていった。
 
 
 
 
 
 
 
 
淡島。祐一が修行している場所の名前。
 
日本海を東に渡った、小さな島。人工は百程度。船も一週間に一度程度しか出ていない田舎の島だ。
 
そこにある比較的立派な家に、祐一は住み込んでいた。
 
 
「あ、お帰りなさいませ」
 
 
朗らかな笑顔で出迎えてくれる割烹着の女性。名を妙枝(さえ)。この家の家政婦をしている女性だ。
 
 
「今帰った」
 
 
双厳が薄く笑みを浮かべ、挨拶する。祐一は目線だけを向け、少しだけ頭を下げた。
 
それでも妙枝は微笑んで、二人を中へ促す。
 
靴を脱ぎ、家の中にはいると二人の少女が双厳と祐一に飛び込んできた。
 
 
「双厳さま、祐一さま、お帰りなさい」
 
「双厳にーちゃん、祐一にーちゃんおかえりー♪」
 
 
似通った容姿、しかし、二人とも可愛らしい。
 
双厳にはおとなしい少女、イルが。
 
祐一には活発そうな少女、スイが。
 
それぞれ満面の笑みで出迎えてくれた。
 
 
「ああ、ただいま」
 
「……おう」
 
 
双厳は二人の頭を撫で、返事を返す。祐一も無愛想ながら返事をした。
 
この二人は祐一にとって苦手な部類に入っている。悪い意味の苦手という意味ではなく、どう接していいかわからない方の苦手意識。
 
第一印象は最悪だと言っても過言でもない出逢いだったが、それでも二人は懐いてくれていた。
 
だからか、祐一はこの双子が苦手だった。
 
 
「お二人とも、お帰りなさい」
 
 
困り果てている祐一を救ったのは、長い髪を持った和服の女性だった。
 
剣を腰に差し、こちらも双厳には至らないまでも、達人のレベルとわかる。
 
 
桔梗(ききょう)、ただいま」
 
 
桔梗と呼ばれた女性は、柔らかく笑みを浮かべる。
 
 
「……」
 
 
返事を返さない祐一を一瞥し、少しだけ不機嫌な顔をして踵を返した。
 
 
「お二人様、ご飯にしますか、お風呂ならもう少々時間がかかりますが」
 
 
その雰囲気を流すかのように、妙枝は二人に話しかけた。
 
祐一は双厳を見やり、どちらでもいい、とだけ伝えて自分にあてがわれた部屋へと歩き出す。
 
 
「なら飯にしてくれ。そのあとでゆっくりと……」
 
 
後ろから双厳の声が聞こえた。しかし、振り返ることなく祐一は部屋に戻っていった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
眠りにつけば、あの日のことが蘇ってくる。
 
失った日々、失った妻、希望。
 
ここには平穏があった。かつて失った日々。たった一月の楽園。
 
それを思い出してしまう。痛みのぬるま湯。
 
布団すらひかぬ畳に倒れ込み、息を吐く。
 
復讐の心を失ってしまうのか。
 
否、それはない。
 
愛すべき人が死に、愛していた人間達を憎む。
 
 
「……クソ」
 
 
だがここは暖かい。
 
どんどんと薄れていく憎しみ。時にもう諦めようとまで思うほど。
 
頭が痛む。胸に下げてあるチェーンを掴んだ。
 
リング。銀色の鈍い光沢を放つ、指輪だった。
 
祐一の指より少し小さい。輪の内側を見る。
 
YtoA。祐一からあゆへ。
 
左手の薬指を見る。そこにはチェーンの指輪と同じ指輪があった。
 
AtoY。あゆから祐一へ。
 
二人の絆。二人の学校で挙げた式。天使の人形に誓った愛。
 
幸せだった。だが……!!
 
ガッ!
 
畳を殴る。
 
そうだ、忘れてはいけない。
 
奴らは俺から大事なものを奪った。そして、もう戻っては来ない。
 
だから、そう、だから……!!
 
 
「祐一さま、ご飯で……?」
 
 
突然障子が開かれた。そこに立っていたのは、イル。双子の姉。
 
少女は祐一の表情を見、固まった。
 
憎しみと、悲しみと、それらが綯い交ぜになった表情。
 
そして、救いを求めない決意を秘めていた。
 
だからだろう、イルは決して祐一に尋ねないのは。
 
イルは笑顔を作り、一つ息を吸って祐一に食事ができたことを告げ、部屋を後にした。
 
 
「……」
 
 
畳に拳を打ちつけたまま、自嘲の笑みを浮かべる。
 
見られたことはどうでもいい。俺は、復讐者だから。
 
哀れに思われるよりもっとましだ。
 
……そう、あいつらを殺すまで、俺は復讐者(リヴェンジャー)なのだから……
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
to Next……
 
 
 
 
 
 
 
あとがけ
ヒーホー!一週間更新なんぞできるか忙しいわぁ!なK.です。
仕事忙しい時期なんで……更新速度がめっきり下がります。つーか休みをください。ついでにネットできる環境も。
閑話休題。今回は他ゲームのキャラクターに出てきてもらいました。
剣技といえばとらハ3が有名ですが、私はやったことのないゲームしか小説にしないことに決めていますので。
今ONEとAirと痕とToHeartを同時進行しています。いやー、我ながら無茶なことするもんだ。ちなみに上記のは友人に焼い……げふんげふん、貸してもらいました。
持つべきものは友人ですな、利用すべき?(爆)
で、今回出てきたキャラは二重影からきました。勘のいい人なら第一話で祐一が放った変異抜刀技でピンときたはず。え、こない?
閑話休題。次こそは現代編。国家の犬に追い回されるお話。それでは。