「名雪が殺られました」
「まあ、あの方ならそう遠くないうちに死んでいたでしょうね」
「……」
「殺ったのは祐一さんですか?」
「そのようです。しかし、この七年間私たちの目をかいくぐってどこであんな力を……?」
「よろしいではありませんか。私たちが負けるはずはありません」
「……祐一は、私が殺す」
「あらあら、元気がいいですね……でも、もう次の手は打ってあるんですよ」
「次の手、とは?」
「法を犯したテロリストは、警察の皆さんに任せるべきです」
奇蹟−Kanon−
第四話『猟犬ノ爪ト牙ト鼻』
水瀬株式会社襲撃から二日の時が過ぎた。
未だ癒えきらぬ体を横にし、『月宮』の手入れをしていた祐一の耳にインターホンが聞こえた。
佐祐理は事業報告のため会社に、北川は情報収集に出かけている。
自分が出ることもないだろう、と祐一は決めつけて鳴り続けるインターホンを無視し続けた。
しばらくたって諦めたのか、耳障りな音が消えた。それに満足し、刀を鞘に入れた……瞬間。
貪。
爆発音と共に、ドアが吹き飛んだ。
咄嗟に刀を腰に差し、ソファの後ろに隠れた。
「相沢祐一!居るのはわかっている!!おとなしく武器を捨てて投降しろ!」
朦々とした煙の中、響き渡る声。
「……っち、サツか」
祐一は舌打ちした。この状況で警察という手段を使ってきた秋子の策略に。
日本の警察というものは、とかく瞬発力に劣る。だが、その分長期戦に強い。
居場所が分かれば、それこそ蛇のようにどこまでも追いつめ、掃いて捨てるほど居る人海で逃げ場を無くしていく。
一つ、息。今現在用意はない。ならば、一撃たりとも喰らうわけにはいかない。
回復している箇所は右腕のみ。他の機能は50%弱、といったところか。
警察を相手にするには、ちょうどいい。
二つ、息。いまだ罵声を上げ続ける男めがけて、ソファの影から飛び出した。
鞘のままの刀を鼻面に叩き込む。鼻血を出して吹き飛んだ。
三つ、息。倒れかけた男を掴んで盾とした。一拍遅れて銃弾が男に突き刺さる。狙撃者だ。
肩口に当たって悶絶する男を放り投げ、第二射が来る前に警察の数を確認した。
ざっと2、30人。狙撃者は二人以上いると考えていい。人一人に大げさだが、それでも祐一相手には足りないだろう。
全員が銃を構え、祐一に向けた。
「おとなしくしろ!抵抗すれば発砲する!!」
お決まりの言葉を無視し、再び中に祐一は身を隠した。
銃声が雪崩のように倉庫の中に響く。祐一は奥の倉庫へと走った。
そこは頑丈なシェルターであり、同時に脱出路でもある。
痛む足を酷使し、跳弾を避けながら倉庫へと転がり込んだ。
すぐに起きあがり、ドアを閉めて鍵をかける。
「……一安心、か」
倉庫の中は戦術核の直撃にも耐えきれる。同時に、中でロックを行った場合は中からしか開かない。
祐一は立ち上がり、小さなホールほどの大きさの倉庫を見渡した。
一ヶ月ほどの食料、水、発電装置、その燃料。数十の武器、数千の弾薬。
そして、二つの頑丈なバスケットボール大の大きさの“K”と書かれた機械。
一個師団に対応できる装備がある。しかし、それに祐一は目もくれずに二つの容器を手にし、奥にある部屋続きのドアを開いた。
そこには北川が作った一台のコンピュータがある。祐一は電源を入れた。
アルファベットで『JUN・KITAGAWA』と画面に文字が浮かび、すぐにアイコンが出てくる。
OSの基本はWindows風だが、使い勝手が断然違う。北川謹製の逸品だ。
「声紋確認。相沢祐一。PASS・********」
音声入力からパスワードをいれる。すると、正常に起動していたOSがシャットダウンし、再起動した。
そこには先程と同じような画面があった。しかし、祐一は迷いもせずにマウスを動かし、アイコンのない部分をクリックする。
と、ひとつのソフトが起動した。画面全てを覆い、一つの単語が現れる。
『Kanon』
読み込みが続く。恐らく、このPCの容量のほとんどをつぎ込んでいるのではないだろうか。
ややあって画像が現れた。デフォルメされたどこかで見た少女。どうやら佐祐理をモデルにしたらしい。
『ようこそ、祐一さん。今日は何のご用ですか?』
自然な音階で、佐祐理の声が響く。北川が佐祐理に録音を頼んだのだろう。
祐一はマイクに向かい、声を出す。
「緊急用通路開放。武装・?起動。完全防衛モード発動」
『あははー、了解しました。通路開放、?装備、Pgモード起動しますよー』
PCから声が響く。同時、祐一の右手側の壁が割れた。
そこには無数の武器があった。剣のような長物から、銃、爆弾、ナイフ、そして人間大の装甲がついた防護服があった。
祐一は迷いもせずその防護服を手に取る。重い。
防護服を跪かせ、脇のスイッチを押すと背中が開いた。その中に入り、右手を軽く動かす、と、祐一を包んだ防護服は自動的に全身にフィットした。
完全に密閉したのを確認し、祐一は立ち上がる。先程感じていた重さはまったくない。むしろ、怪我をしていたときより快調に動ける。
?装備・防護軽甲『ラック』。身体防護を主な機能にし、運動能力を通常の80%ほど上昇させるという効果がある。
開発元は久瀬グループ軍備研究所。?から現在?まで開発されている強化装甲の最新版だ。
表にも裏にも出回っていない世界でただ一つの強化服。
しかし、これには欠点があった。まず、稼働時間が非常に短いこと。そして刀の扱いに微妙な違いが現れること。
祐一にとってそれは死活問題になる。たしかに防御面では飛躍的に増強される、が、決定的な打撃を与えることは不可能になるのだ。
無論一般人の話ではない。奇蹟の恩恵を奪いし者達に対する話だ。だからこそ、祐一はこの強化服を美坂香里戦や水瀬名雪戦で着ることはなかった。
「レーダー起動。対人戦用非殺傷武装装備」
言葉を紡ぐ、と、薄暗かった視界が一気にクリアになる。視界の左下に円形のレーダーが現れ、自分を中心に設定を完了した。
次いで、開いていた壁からアームに掴まれたショットガンが出てきた。続いて1m弱ほどの警棒、スタングレネード数個、痺れ薬etcetc……
祐一はその中からショットガン、警棒を掴み、両手にそれぞれ持つ。銃弾は背中のバックパックに詰め込んで、腕から直接リロードできるようにしておく。
『月宮』を腰に下げ、更に“K”と書かれた機械を二つ背負った。
準備完了。祐一は更にPCを操作する。
『緊急脱出用通路開放します。ルートSを通ってくださいね〜』
気の抜けた声と共に、床が開いた。
そこには永遠に続くと思われるような暗い通路があった。
躊躇いもなくその中に入る。暗視を起動させ、走り出した。
最長起動時間は……1時間。この時間を無駄にするわけにはいかない。残り時間はあと57分。
この通路を抜けるのに疾って10分。確実にいる警察を無力化するのに5分〜10分。安全な場所を確保するのに、残りの時間ほとんどを使う。
慣れない計算式を頭に浮かべ、祐一は歯噛みした。
殺せばいい。だが、奴らは俺という存在に立ちふさがる壁ではない。
壁となるなら殺す。だが、奴らは命令をこなす狗にしか過ぎない。ならば殺すわけにはいかない。
「……難儀なモンだな」
自嘲の言葉。しかし、口元を歪めた祐一は暗闇の終わりまで走り続けた。
「っか〜〜、まさかウチにサツが来るとはね……」
金髪のハネ毛を揺れさせながら、北川潤は裏通りを自然に歩いていた。
祐一の素性がばれているなら、その協力者である自分と佐祐理さんはやはり顔が割れているだろう。北川はそう算段し、家から離れたのだ。
まだ家には祐一がいたはず。しかし、北川は全く心配していなかった。確かに怪我はあるだろうが、たかだか警察ごときに後れをとる祐一ではない。
祐一が上手く逃げ切れたならば、北川潤がやることはただ一つ。
ハッキング。警察署のデータベースに直接アクセスし、祐一以下全員の項目を完全削除、及び命令の無効化。逆に奇蹟の体現者を指名手配としてネットに流すのも面白いかもしれない。
北川は笑みを浮かべ、ノートPCをバッグから引き出した。
「俺は頭脳労働専門でね。ま、背中は任せときな」
そうひとりごち、ソフトを起動させた。
時同じくして、警視庁情報総括局。
データの編集を行っていた一人の男は、突然現れたブラウザに目を見張った。
『Are You Happy?』
あなたは幸せですか?
その言葉に首を傾げ、男は不審に思う。
世界に誇る警視庁のデータベースに侵入することなど、並のクラッカーに出来るのか?
だが、その疑問はすぐに氷解した。
『I’m berry Happy to you』
侵食が、始まった。
起動しているソフト、していないソフト全て立ち上がり、一気にデータベースに検索がかけられる。
そしてその中から特定のキーワードを含むものを削除し、改変していった。
『Me Happy』。とある天才プログラマーが創り出した最強のウィルスであり、またクラックのソフトでもある。
今まで表、裏問わずどんな駆除ソフトを使おうとも、このウィルスの侵食は止められなかった。
だがこの数年、姿を見せていなかったはず……
男はそう考えるも、現実に眼を向けることにした。確かに今、この警視庁のデータベースをクラックしているのだ。
次々と改変されていく情報。それを何とか止めようと、必死になってキーボードを叩く。しかし、一切の操作は効かず、徒労に終わるだけ。
やもなく男は電源を落とすことにした。あらゆる情報に影響を与えることになるが、全て消されるよりはマシだろう。
PCの電源に手を伸ばし、強制終了させた……はずだった。
「!?」
電源が落ちない。起動したまま、情報の改変が続いていた。
過去の『Me Happy』は強制終了さえすれば全ての機能が止まり、削除されたはずだ。
バージョンアップされている。それも、最悪の方向に。
どうすることもできない。戦慄が男の背中を走った。
延々続くシステム改変を呆然と見ながら、ただPCの読み込み音のみが暗い部屋に響いた。
「〜〜♪」
どこかで聴いたことのあるフレーズを口ずさみながら、凄まじいスピードでキーを叩く。
操作をしている画面上に現れては消える情報を選別し、不要な分を削除、必要な物だけを保存。それを目視しただけで行っている。
北川潤。稀代の天才プログラマーとして数年前まで世間を賑わせた男。
その実力は一線を退いた今でも、いや、今だからこそ冴えわたっている。
「〜〜……っと、これでお〜わり」
Enter。画面に溢れていたブラウザが全て消え去り、コンプリートという文字が浮かんだ。
満足そうな表情を浮かべて地面から腰を上げる。剥き出しになった電話線に繋げてあるコードを引き抜き、ノートPCと共にバッグにしまった。
「成功成功っと。あ〜あ、メシ食いにでも行っかねぇ」
伸び。そして軽く屈伸運動。
今、決して表には出されぬ、裏の闘いの幕が下りたのだった。
貪曇貪曇貪曇。
鈍い火薬の破裂音と共に吐き出されたゴムスラッグは、数人の男を巻き込んで吹き飛んでいった。
残り時間13分。それが祐一が稼働できる時間。時間いっぱい使ったところでこの状況が改善されるとは思えないが。
祐一は適当な物陰に飛び込み、一息つく。途端に凄まじい弾雨が辺りを彩る。
隠し通路で脱出したまではよかった。予想通り出口に警察や自衛隊が張っていた。
だがその数が凄まじかった。ざっと数えただけで、百数十人。人一人に有り得ない人数だった。
しかも、完全に銃の使用を許可している。自衛隊員に至っては、重火器を持っている隊員もいる。
ゴムスラッグの残弾も残り僅か。倒した人数はそろそろ三桁にかかろうとしている。しかし次から次へと送られてくる増員の前には意味のない数字だ。
残り時間10分。完全に手詰まり状態。自分がどんなに強力な戦闘力を保有していたとしても、この数、火力の前ではいずれジリ貧だろう。
「……っち。殺すしかないのか……」
腰に下げている『月宮』を握る。手袋越しに感触が伝わり、気分が少しだけ和らいだ。
カキ、と鍔を鳴らす。息を吸い、走り出そうとした刹那−−−
銃声が止んだ。
騒音の代わりに、ざわめきが上がる。無線から何かの情報が流れているのは間違いない。それぞれ怪訝な表情で無線機から聞こえる命令を聞いていた。
やがて渋々といった様子で各々の武器を納め、散り散りに去っていく。
何が起きたのか……祐一は考えるも、無駄な行為とわかり『月宮』を鞘に収めた。
とにかく危機は去ったのだ。『ラック』の開放コードを呟いて、蒸し暑い強化服を脱ぎ去った。
その強化服には無数の銃弾の痕がある。これを着ていなければ確実に蜂の巣となっていただろう……尤も、一度死ねば足の傷も治るのだが。
だがこんな戦いごときで『奇蹟』を使うわけにはいかない。
使うのは、そう、『奇蹟』の恩恵を受けた者だけ……Kanonを奪い去った奴らにだけ。
度重なる銃撃でただのボロ鉄を貸した自販機に寄りかかる。転がっていた缶を手にし、開けて飲んだ。
オレンジジュースだった。甘い物はあまり好きではない、が、喉に染み入る。
一息ついて疲れが出たのか、背中を預けていた自販機からずり落ち、座り込んだ。
両足がじくじくと痛む。強化服は肉体の痛みを一時的に忘れさせてくれるが、治すわけではない。むしろ酷使した分怪我が酷くなっていた。
「……使いたくはないんだが」
強化服にぶら下げていた機械。それを手に取る。
滑らかな面をしていた機械の天頂を指先で押し、一回捻る。
カチリ、という音がし、機械が二つに分かれた。
冷たい半透明の青い液体が祐一の手を濡らす。その中には、ひとつの羽根があった。
青い液体の中にあって、白く輝く羽根。祐一はその羽根をつまみ、自分の胸に当てた。
それは真白い光の粒子となって祐一の体を包み込む。
「……あゆ」
懐かしい感触。柔らかい暖かさが祐一の心を包んだ。
奇蹟の残り香。天使の羽の一欠片。これは、そう、あゆの忘れ形見。
やがて完全に光は祐一に吸収される。しかし、体の傷は癒えていない。
祐一は動く右腕で『月宮』を抜く。
そして、躊躇いもなく自らの心臓に突き刺した。
自身を貫く熱く冷たい感触。そして、失われていく暖かい液体。血。
意識が消えていった。何も解らなくなってきた。イトがキレテ逝く、カンガエラレナイ、ああ、ネム、イ……
………………………………
光。失いかけていた意識、頭、魂、身体全てに光。
身体の異常箇所を復元・内臓器官・筋肉・表皮・神経・正常値へと再帰。
生命活動必需・血液増加・免疫機能増加・栄養値補修。
全ての生命活動に必要不可欠な部分を修復。
システム『相沢祐一』スタンバイ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・実行。
銃痕が残る倉庫に、北川潤がいた。
彼は壊されているPCの前で泣き崩れていた。
「うおおおおおおお!!うぃ○ーとえむ○っくすで集めた秘蔵のソフト&画像がーーー!!」
犯罪すれすれ(?)の言葉を叫びながら、PCに抱きついて号泣していた。
と、そんな中でドアが開く音。北川は少しだけ目線を向け、再び泣き出した。
「……何やっているんだ?」
呆れたような声。血で濡れた上着を脱ぎ、上半身裸になった祐一がいた。
左胸に刀の傷痕があるが、それはすでに塞がっているようだ。
北川は祐一の言葉を聞かず、ただ泣き続けていた。
「おおお〜〜〜〜ん!!!」
「……なんなんだか」
呆れたように肩をすくめ、持っていた強化服を放り投げて刀の手入れを始めた。
北川は少しだけ目を祐一に向け、再び壊れたPCに抱きつく。
「……ま、いつも通りってね」
誰にも聞こえない呟きを口にし、失ったデータを想って泣き出す北川であった。
To Next…………
あとがき
K.「ハオ!ども、K.です」
祐一「ちっす、『華音−Kanon−』編相沢祐一です」
K.「今回は対談編にしてみたんだが、どうよ?」
祐一「正直苦し紛れにしか見えないな。つか、ネタ切れか?」
K.「ぐっ、ち、違わい!たまにはこんな後書きもって思っただけだYO!」
祐一「言い訳はもういいから。次の話をさっさと話すぞ」
K.「ちくしょう、不本意な……まあいい。んじゃま、お話を」
祐一「今回のはまたえらく時間がかかったな。なんかあったのか?」
K.「仕事」
祐一「また安直な……まあ、実際忙しいらしいからな」
K.「休みをください。一ヶ月ぐらい。そうしたらいい作品を生み出せる自信はあります」
祐一「板垣風なことを言うんじゃない。どうせ食っちゃ寝の生活だろうに」
K.「失敬な!本屋に行く事もあるぞ!!」
祐一「他には?」
K.「……まあ、色々と。ほら、俺って基本的に遊び人だから」
祐一「確かに。休日の夜にどこ出てんだ?」
K.「さて、次の『奇蹟−Kanon−』は祐一が舞と対決します」
祐一「おい、答えろって」
K.「『月宮』が勝つか。『ツヴァイハンド』が勝つか。刃を持つ武器は人を魅了し続けた」
祐一「なに綺麗に終わらせようと……って、な、おい、ほんとにこれで終わるの……か」
K.「日本の刀、西洋の剣。世界の縮図がそこにある。それでは、待て!第五話!!」