プロローグ
俺がこの街に越してきて数ヶ月がたった。
この数ヶ月、目まぐるしい自分の周りの変化に飲まれてあまりその他に気を向ける暇が無かったな――。
その間、この街では大きな変化があったらしい。順に列挙してみることにした。
1、近くに臨海都市をテーマにした新開発区ができた。
2、商店街に洒落たアンティークショップがオープンした。
3、近所に開業医が越してきた。
・・・・・。俺に関係のあることはなにひとつ無い。
――それと、今日で2年生も終わりだ。
ガラガラ……
俺が1人教室で感慨に耽っていると従姉妹の名雪が部活を終えて戻ってきた。
「あれっ、祐一?北川君と帰ったんじゃないの?」
「なんとなく、な」
本当に、何となくなんだ。ただ、久々ののどかさにぼうっとしていたかっただけ。
「ふーんっ……ねっ、祐一、一緒に帰らない?」
「ああっ、勿論、奢らないぞ」
「う〜っ、わかってるよー。まぁ、たまには従姉妹でデートっていうのもいいと思うんだぁ。
どうかな?」
「そうだな……善は急げ、たまにはいいかな……」
西の空は橙色から次第に反射を失い、夜の色へと変化していく。
まだ、春といってもこの街はやっぱり寒い。
手袋を忘れた俺は、取りあえず名雪の手の暖かさを分けてもらいつつ歩いている。
はたから見れば仲のいい兄弟?いや、恋人とかに見られるかもしれない――。
「ねぇ、祐一?」
「あっ?」
「明日から春休みだよねっ」
「ああっ……それがどうかしたか?」
「うんっ、真琴とあゆちゃんを連れてわたしとお母さん旅行に行ってくるからその間、
祐一1人だなーって」
「……はっ」
「忘れてたね、やっぱり」
・・・。ああっ、そんなこともあったな、と空を仰ぐ。からかう相手がみんな旅行か――。
春休みは退屈な日々が続きそうだ。
「そこで、なんだけど」
「ああっ、家事なら任せてくれ。俺はこう見えて麺類とインスタントに関しては天才的な――」
「祐一、それなら真琴のほうがマシだよ」
ここで、あゆの名前を出さないのはやはり名雪も認めているってことか?
あいつが天性の不器用だってことを……。
「あゆちゃんを出さないのはまだまだ、てことだからね。勘違いしないでね」
「はっ?」
「だって祐一、顔に書いてあるんだもん」
思わず顔を手探りしてみる――名雪はそんな俺を見て呆れた溜息をもらした。
「祐一、だからね……ううんっ、百花屋後は百花屋についてから話すよ」
それから、俺たちは百花屋につくまで数ヶ月前の事で盛りあげった。
ちなみに名雪の総括してのコメントは”女の子の話ばっかりだね”だった。
「いただきまーす」
「―――」
「祐一、いただきますわ?」
「コーヒーにも言うのか?」
「うんっ!ほらっ」
「いただきます」
百花屋いつも通りの盛況ぶりだ。
と、いっても夕暮れ時のこの時間は部活帰りのうちの学生か買い物がてらの主婦がメイン。
元気にイチゴサンデーを食べる名雪もまたその雰囲気に溶け込んでいた。
俺は、というと、まず、1人じゃあこんなところには来ない。
休みは家で秋子さんの手伝いか、北川とバカやってるか……
もしくは――真琴かあゆを連れ出されるか……そんなところだ。
「でねっ、今日は香里がねー」
「栞のことがかわいいだの何だの言っていたのか?」
「ううんっ、栞ちゃんが服が欲しいから明日一緒に出かけるって舞い上がってたんだよ」
「ニアミスか。そういえば名雪、さっきの続きなんだが、結局、男一人身で彼女募集中の俺はどう過せというんだ?」
「あっ、そうだっけ?」
「そうだっけ?、じゃない。だから春休みの話だ、春休みの……」
「わかったよ。あのね、お母さんの知り合いに神尾晴子さん、ていう人いるんだよ」
「それはよかったな」
「うーっ、祐一、でねっ、その人が最近この近くにできた開発地区に越してきたんだって」
どうでもいいが、俺はいい加減、お前の趣旨が聞きたいんだが・・・。
「わかったっ!祐一、もしかして、わたしのイチゴサンデー食べたいんだね。
いいよっ、いつもお世話になってるから……今日はあげるよ」
俺は相当、気分が顔に出る方らしい。
今も少しむっとしていたのだろう、だが、名雪……俺は甘いのは苦手なんだ――。
「いや、それはいらない。だからさっさと話を進めてくれないか?」
「――はぁ、祐一ってわがままだね。折角わたしがイチゴサンデーをあげようと……」
「はいはい、べたな演技は栞にでも任せておいて、さっさと話せ」
「うーっ」
名雪は恨めしそうにこっちを睨んでいる――勘弁して欲しい。
「解った。今回は俺が6割支払ってやろう。それでいいだろ?」
「なんだか、祐一けち臭いよ……こうっ、奢ってやる、とか言えないの?」
「最近、色々と出費が激しいんだ。ちなみに半分は真琴とあゆ。
だから、今は紐を緩められない―――
そんなことどうでもいいだろっ!ほら、さっさと言ってくれ、俺の死活問題なんだろ?」
「うんっ。でねっ、その晴子さんも旅行に一緒に行く事になったんだよ」
「ふーん」
何だか、着々と話が遠ざかっていっているのは気のせいだろうか?
「楽しみだよー」
「はっ?」
思わずカップを握っていた手が緩む。危うくコーヒーを零すところだった。
つまり、俺は名雪の自慢話を長々と聞かされた挙句、自分の灯火ほどの財布の中身を……
――納得いくわけが無い。
「名雪、他に言う事は無いか?」
「えっ?おみやげ何がいい?とか?」
……この天然加減だ。はぁ、なんていうか、怒る気もうせてきた。
俺たちは会計を済ませ、家に帰った。
俺のテンションが以上に下がったのが気になったか、名雪はちらちらと俺の顔を覗いてきたが
――原因はお前だ。
家に着く、玄関には見慣れたあゆの顔があった。
「お帰り、祐一君、名雪さんっ!」
「ただいま、あゆちゃんっ!」
「――――」
「?、あれっ?祐一君、どうしたの?」
「―――っ、いや、なんか気が乗らん」
「へーっ、祐一君にもそういうのってあるんだー。ねえっ、そういえばお客さん来てるよ、挨拶しといたら?」
「んっ?客?だれの?」
まさか、俺の向こうの友達じゃああるまい。あいつらはそうゆう人種じゃないからな。
「まっ、挨拶だけっ、着替えてから行く」
「わたしもー」
「じゃっ、真琴ちゃんもいるから」
「ああっ、すぐ行くから」
俺はさっさと二階に上がると、秋子さんがたたんでおいてくれた服を適当に見繕い、
リビングへと向かった。